自分の親を施設入居させる
自分の父親を施設入所を考えた時ずっと罪悪感を感じていた。
在宅での生活が出来ない、かと言って同居も難しい。
誰かの手を借りなければトイレに行くことも出来ない、一人での生活は難しいと言った。
その言葉を確認してから私の気持ちが固まった。
というよりも施設入所が父親にとって「残された時間を穏やかに過ごせる場所」と自分に言い聞かせた。
その日が3月8日。
入院先の病院からナーシングホームへ看取りで入居する。
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人生で一番の失敗 第2の人生の始まり
20代の時に勤めていた仕事を辞めて当時付き合っていた人と結婚したこと。
あの時、上司から「付き合っている人と別れなさい」と言われたことを素直に聞いていれば人生で一番の失敗をすることはなかった。
高校生の時に付き合っていた元カレからも「仕事をしない男はダメだよ」
同じ事を父親からも言われた。「お前は苦労するぞ」と・・・
結婚して子供も出来た。変わってくれると自分に言い聞かせていた。甘かったなあ。
結局17年後離婚した。
若かったので別れる勇気がなかった自分の行動が人生で一番の失敗でした。
50歳からの第2の人生 連れ合い
朝はどんなに喧嘩していても「おはよう」のあいさつをしている。
昨日の朝、それまで「おはよう」しか会話がなかったのに、仕事のため家を出ようとした私に休みの旦那さんから「深く考えるなよ」と一言。
私は「考えても仕方ないからな。」とその前日に言われたことをそっくりそのまま言い返した。
なぜか「なんでそんな風にしか言えんのか」と逆切れされた。
あなたが言った言葉なのにどうして「そうだよ」と言えないのかな。
訳が分からずなぜか涙が止まらなかった。
職場の駐車場に着き、自分の車から2メートルくらい歩いた時後ろに転倒してしまった。なんとアスファルトが凍っていたのです。
一応職場まで行き事情を話し受診することになったのですが一人ではどうにも帰れず朝からひと悶着した旦那さんに迎えに来てもらった。
迎えに来てもらった車の中で「もう最悪」と心の中でため息が出た。
受診結果、尾骶骨の打ち身の痛みは痛み止めと貼り薬対応。打ち付けた後頭部は転倒直後の痛みもなくなったので自宅で様子観察となりその間旦那さんは付き添ってくれた。
みっともないお尻を出して尾骶骨に湿布も貼ってくれた。
結局、連れ合いは一生連れ合いになるのだろう。
無駄なこと
「考えても仕方ない」「言うても仕方ない」
どうしてそういうことしか言えないのかな
「そうなんじゃ」の言葉だけで充分なのに
ただ聞いてほしいだけなのに
それは聞きたくない面倒くさい早くその話を終わらせたいから
いうだけ無駄だと分かった。
50歳からの第2の人生 更年期
45歳の時に何かしら体調に異変が起こり始めるも特に気にしていなかった。
50歳を迎えたとき「なんでこんなに悲しくなるんだろ」と理由もなく涙が止まらず
「なんでこんなに腹が立つんだろ」と理由もなくイライラしたり、妙にハイテンションになって話す声が大きくなってもう一人の自分がいるみたいだった。
ホルモンのバランスも崩れ始めた4年後閉経した。と同時にあのわずらわしさからやっと解放されたといううれしさもあった。
55歳目前になって急に顔から汗が噴き出て首から上が熱くハンカチが手放せなくなった。と思えば急に寒くなって風邪ひいた?と熱を測るけど平熱(笑)
これは明らかに更年期症状だと思う。
最近は食べたいと思ったら食べないと気がすまなくなって食欲が止まらない。
これも更年期症状なのか・・・
体重とコレステロールが気になる今日この頃です^_^;
50歳からの第2の人生 しあわせ
介護の仕事は自分が幸せで心に余裕がないと優しく出来ない。
「幸せでありますように」と呪文を唱える。
ある方のブログに書かれてあってそれを読んだ日から毎朝職場に入るまで唱えている。
苦手な利用者様と接することがあるときも・・・
不思議と気持ちが落ち着き余裕を持って接することが出来ました。
私にとってはとてもありがたい言葉です。
益々、仕事が楽しくてやりがいを感じる今日この頃です。